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先月、花火について投稿した記事の中にありました打ち上げ花火の掛け声に関する興味深いうんちくを御紹介します。
打ち上げ花火の掛け声と言えば『たまや−っ(玉屋)』に『かぎや−っ(鍵屋)』ですが、この掛け声は、両国川開きで人気を競った実在した花火師の屋号のことです。
玉屋や鍵屋が活躍していたのは文化文政期の頃で、両国橋を境に上流を玉屋が担当し、下流側を鍵屋が担当して花火を打ち上げていました。これが後の東京・隅田川花火大会の原形です。
鍵屋は、初代弥兵衛が奈良・篠原村から江戸へ出て日本橋横山町で1659年(万治2年)創立した花火屋。
玉屋は鍵屋で番頭を務めていた腕のよい職人・清七が1810年に独立し、暖簾分けして両国・吉川町の創立した花火屋。屋号も、鍵屋が守護神としていた鍵屋稲荷の祠に祀られている狐の一方が「鍵」を、もう一方が、擬宝珠の「玉」を持っていることに由来します。
以降、1810年から両国の川開きで鍵とともに花火製作を担い、【玉やだと又またぬかすわと鍵や云い】,【橋の上 玉屋玉屋の声ばかり なぜに鍵屋と いわぬ情(錠)なし】と川柳で詠まれたりするほど玉屋は鍵屋をしのぐ圧倒的な人気を博していました。
ところが30年余り経った1843年(天保14年) 玉屋は江戸では重罪の失火から火事を起こしてしまい、これが原因で江戸処払い(追放)となり、わずか一代32年で江戸での歴史を終えてしまいますが、江戸の庶民は以後の川開きでも鍵屋だけでなく玉屋の名前も一緒に「たまや−っ、かぎや−っ」と声を掛けることで、玉屋のことを懐かしんだと言われています。
ちなみに、鍵屋は、「宗家花火鍵屋」の名で、現在は東京都江戸川区で女性当主が15代鍵屋を襲名しています。また、玉屋も直系でこそありませんが、現在八千代市にある「元祖玉屋」がその暖簾を守っています。
花火の掛け声には、せつない歴史が存在・・・
今年もあとわずかとなった花火大会で、江戸庶民の気持ちになって、「たまや−っ!」「かぎや−っ!」と、掛け声をかけてみるのも一興かもしれません。

ふくろい遠州の花火2012
投稿者:Y.F
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| 2012年08月24日 | このページのURL | コメント (0) | トラックバック (0) | 001004|etc|その他






